具体的に野生生物の保護活動として、どのようなことを行っていますか。
WWFでは設立以来、トラやアフリカゾウ、ホッキョクグマといった、絶滅の危機にある様々な野生生物の保護活動を行ってきました。
まだ、WWFは動物保護団体だと思われている方が多いかもしれませんが、先述したように現在は「環境の保全」という、より大きな視野で活動に取り組んでおり、以前ほど動物保護に集中して活動を行なっているわけではありません。
取り組んでいる活動自体も、特定の野生生物の調査や、法的に保護するための仕組み作りのような対象の限られた内容から、たくさんの野生生物の保護につながるような自然保護区などの設置や、その運営・管理の支援といった広範な対象を持つ活動まで、幅広く行っています。
野生生物の保護活動としては、「保護区を作る」というのが比較的に分かりやすく、確かにそれは大事な取り組みなのですが、せっかく保護区を設置しても管理が不十分で違法伐採や密猟を止めることができないというケースも少なくありません。
特に、資金や技術が不足している途上国の場合は、このような問題を多く抱えています。例えば、保護区である国立公園のレンジャーは、その国の国家公務員ということになりますが、国立公園に回す資金が足りない国ではこうしたレンジャーの給料を支払うことができず、保護区の管理が停滞してしまいます。
そこで、WWFではこうした資金面での援助を行い、レンジャーの育成や給料の補助や保護区内のパトロールに必要な機材を揃えたり、管理に必要な技術的・専門的なアドバイスを提供したりするといった活動を行っています。
また、密猟や違法伐採を防ぐために、保護区の周辺で生活する方々への情報発信や環境教育を実施しています。さらには、密猟を防ぐためのパトロールを一緒に行う、パトロールに必要な技術を身につけさせる、エコツーリズムを実施して、そのガイドになってもらうといった取り組みもしています。
途上国では、仕事がないという経済的な事情が密猟などの問題につながっているケースも多いので、このように自然保護につながる仕事を作り、地域社会の生活をバックアップする活動も行っています。
野生生物の保護区といっても、どのようなものなのかイメージすることが難しいですね。
確かに、日本で生活していると、野生生物の保護区といっても具体的にはよく分からないかもしれませんね。
特に、どのような場所に保護区を作り、どう自然を守ればいいのかというのはとても難しい問題です。実際、どこにでも保護区を作ることができるというわけではありません。
ですから、様々な地域のなかで、優先的に保全するべき重要な自然環境がどこにあるのかを見定めることも、WWFの活動の大事なポイントだと考えています。
これを実践する、重要なエリアを把握するための一つの方法は、複数の野生生物について調査し、特にその生息域が重複する地域を選び出すというものです。複数の生き物が重なって生息していれば、その地域はそれだけ自然が豊かで、生き物が多いという一つの証(あかし)になります。
こうして特定の地域を選んで環境保全を行うことで、いわば効率よく自然と野生生物を守ることができるというわけです。もちろん、すべての環境の価値がこの方法で計れるわけではありませんが、いかなる場合も、そこにどのような野生生物がいるかのが、その場所の自然の有り様を物語ってくれています。野生生物というのは、まさに自然環境のバロメーターといってよいかもしれません。
WWFでは、こうした様々な知見を必要とする取り組みを、多様な専門分野にかかわる外部の科学者の方々と一緒に行っています。WWF自体は科学者の集まりではありませんし、自分たちの力や影響力だけではできることに限りがありますので、活動を行う上では、こうしたパートナーシップが大切な役割を果たしています。
「トラに願いを」という保護活動もなさっていますね。
トラは、100年前には世界に10万頭生息していたといわれています。しかし、現在では3,000頭~4,000頭ほどにまで減少してしまいました。トラは今、世界的にも絶滅が危惧されている動物の一種なのです。
日本で行った「トラに願いを」というキャンペーンは、こうしたトラの現状を広く知らせつつ、保護活動のため資金となる寄付金を募集するために実施したものです。
トラは、かつては毛皮やはく製、ハンティングを目的とする狩猟の犠牲となり、現在でも漢方薬の材料とするための密猟などによって数を減らしています。しかし、最近トラにとって何よりも深刻なのは、生息環境の破壊です。
トラが生きるためには、その食物となるシカなどの動物がたくさんいること、そして、それだけの広さと豊かさを持った自然が必要です。トラの縄張りの広さはときに、山手線内(約65平方キロメートル)の2倍~3倍の広さにもなるといわれています。
つまり、トラを守るためにはこれだけの自然を守る必要があり、それが実現できれば、同じエリアに生息するより多くの野生生物と生態系を守ることができるわけです。簡単にいえば、トラを守ることが自然環境の保全につながり、それこそがWWFが目指しているところでもあります。
また、トラのような野生生物の保護を考えるときに、忘れてはいけないのが「消費国」での取り組みです。
これは、日本の場合も該当します。日本には野生のトラが生息していないので、トラの絶滅の問題は、一見すると関係がなさそうに見えるかもしれません。しかし、そうではないのです。
日本では10年ほど前まで、トラの骨を使った漢方薬などの売買が合法的に行われていました。薬としての「トラの需要」があったのです。
そもそも、日本は野生動植物の国際取引を規制する「ワシントン条約」に加盟しているので、「トラを日本に輸入すること」は禁止されていました。ところが奇妙なことに、「国内でトラを売買すること」は違法ではなかったのです。その理由は、「国内でトラの骨などの入った製品を売買してはいけない」という法律が日本に存在していなかったためです。
「輸入されないのならば、製品が日本に入ってこないのだから、売買が合法でも問題ないのではないか?」と思われるかもしれませんが、そうではありません。市場と需要があれば、「密輸」が行なわれるからです。この密輸がトラの生息地での「密猟」を呼び、トラを追い詰めることになります。
実際、海外でもトラの売買が法律で禁止されているにもかかわらず、需要とマーケットが存在するために売買が続けられ、それが密猟につながるというケースは多く存在していると推測されます。
生息国では需要がなくても、消費国で需要があれば、密輸というパイプを通じた絶滅の脅威がトラにのしかかることになるのです。
ちなみに、日本はトラの消費国ではあったのですが、非常に親しまれている動物であり、「海外のトラの保護活動を支援したい!」という方々が数多くいたことから、WWFジャパンでは国内でのトラ保護活動を実際に展開しました。
10年ほど前に署名活動や政府への申し入れなどを行い、「種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)」の内容を改正、さらには国内でのトラ製品の売買を法的に禁止してもらったのです。
さすがに売買が禁止になれば、需要もおのずから抑えられるので、消費国としての保護活動としては意味のあるものになったと思います。
もちろん、日本での取り組みとしては、密輸などの取り締まりを引き続き求めていくことのみならず、トラが生息している各国で行われている保護活動を資金的に支援することも必要だと思います。
トラがいなくなると、どのような影響があるのですか。例えば、トラに捕食される動物が増えることなどが考えられますが。
そのような質問をされることは多いですね。理屈の上では確かに、トラは生態系のピラミッドの頂点に位置する動物なので、絶滅すれば明らかにその地域の生物多様性が一部失われてしまうことになります。
ただ、トラという動物は個体数は少ないけれども、北はロシアから南はインドネシアまで広く分布している、様々な自然環境に適応した動物なので、それぞれの地域でどのような影響が出るのかを予想するのは難しいでしょう。
こうした話で重要なのは、どのような影響があるのかということではなく、むしろ自然環境が変わってしまうという事実そのものだと思います。
例えば、トラがいなくなると、トラがそれまで捕食していた草食動物が増え、今度はその動物が食べていた特定の植物が減少していくという現象が起きるわけです。そうすると、その植物に依存していた特定の昆虫がいなくなっていく。そのような形で、連鎖的に環境のバランスが変わっていくことになります。その変化の結果は、予想しきれるものではありませんし、結果的にほかの動植物の絶滅につながる可能性があるかもしれません。
間違いなくいえるのは、トラの数が減少しているのであれば、それだけトラが生きる自然環境そのものが悪くなっているということです。そのような事態とならないようにすることが、私たちの活動の目標です。
「トラは危険な動物なので、いないほうがいい」という現地の人たちの意見はないのですか。そのような意見があると、違法な取引や密猟を取り締まることは難しくなると思いますが。
確かに、そうした事実はありますね。森を開拓してできた入植地でトラに襲われて亡くなる方もいて、そのためにトラがまた殺されるという悪循環も起きています。違法な取引や密猟をなくすことは、非常に難しいことです。
重要なのは、こうした自然と接して、そのような環境で暮らしている人たちに、トラが生きることの自然の価値や意味を理解してもらうことです。もちろん、ただ「素晴らしい」といってみても理解してもらえませんし、その人たちにとって何のメリットもないわけですから、野生動物と共存しながらきちんと生活ができるように、社会的な支援もしていかねばなりません。
トラが地球上からいなくなってからでは遅いので、こうした地域での普及活動も含めて、どれだけの取り組みができるのかを考えることが今後は重要だといえます。
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